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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ベアタス会受難の地

                                京都府受難地、殉教地

「ころび」という言葉が生まれた場所


二条河原は日本最初の女子修道会 ベアタス会の修道女たちが拷問を受け、殉教した地。

ベアタス会を創設したのは、キリシタン城主 内藤如庵(ジョアン内藤)の妹ジュリア内藤。キリシタンの修道女のことを、当時の人々はキリシタン比丘尼と呼んでいました。

ベアタス会受難の地

二条河原


1614年、ベアタス会の修道女たちは、裸か薄い衣をまとった姿でわらに巻かれ、冬の河原に積み上げられました。

拷問を受けたのは、人通りの多い鴨川のほとり、二条河原でした。

「ころべ、ころべ」と言われながらも、信仰を捨てなかった彼女たちは、残酷に殺されました。このときから「ころび」という言葉が使われるようになったといわれています。

ジュリアの兄、ジョアン内藤は都に近い八木城の城主でしたが、その地位よりも信仰を選び浪人となった人です。切支丹追放の命令に従って、高山右近らとともに日本を追放されることになったとき、ジュリアも一緒にマニラに赴きました。

ベアタス会の受難があったのは、ジュリアが追放された後のことでした(ジュリアも一緒に処刑されたという説もあります)。ベアタス会は1656(明暦3)年、全員の死亡により終焉しました。


ベアタス会受難の地
二条河原周辺
ベアタス会受難の地
二条河原周辺
ベアタス会受難の地
二条河原周辺
ベアタス会受難の地
京阪「三条駅」



 現地への行き方
地下鉄「三条駅」、京阪電鉄「京阪三条駅」より徒歩1分ほどです。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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