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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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六条河原

                                京都府:殉教地、処刑地

多くの人の血が流された都の処刑場


千年の都 京都にあった処刑場の跡。

多くの罪人と時の権力者によって反逆者とされた者たちが殺されました。
その中には小西行長らキリシタンもいました。

六条河原

六条河原


罪人を斬罪する処刑場は、鴨川の右岸にありました。正面通河原は、川の反対岸にあたります。

処刑地は血を流せるよう、川のほとりに設けられ、衆人への見せしめのために往来の多い場所を選びました。

キリシタン大名小西行長は、豊臣家への忠誠のため、石田三成の率いる西軍につき、敗戦。逃げることもせず捕まりました。

自殺を禁じるキリスト教の教えに従って、武士にとって名誉とされた切腹を拒み、首を切られました。遺体は都に住むキリシタンたちが手厚く葬ったといわれています。


++補足①++
小西行長が処刑された場所については、三条河原だという説、七条河原だという説などがあります。六条河原周辺の鴨川河畔だったと解するのが適当かと思います。

++補足②++
1614(慶長19)年、京でキリシタン征伐を命じられた小田原城主 大久保忠隣は七条河原で70名のキリシタンを火刑にしました。



 現地への行き方
京阪電鉄「七条駅」より徒歩3分。鴨川の岸辺。


この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。
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