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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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一条戻り橋

                              京都府キリシタン受難地

26聖人が耳たぶを切り落とされた場所


古くから仕置き場、犯罪人の首の晒し場となっていた場所。
26聖人のうちの24人(あとの2人は道中に自ら申し出て加えられる)がここで耳たぶを切り落とされ、血を流したまま長崎に向かいました。

豊臣秀吉の勘気に触れて死を賜った千利休の首が晒されたのもここです。

一条戻り橋

一条戻り橋


捕らわれていた小川牢屋敷から出された24名のキリシタンは、肥料を運ぶのに使う荷車に数人ずつ乗せられて市中引き回しになりここまできました。

秀吉は両耳と鼻をそぐようにと命じましたが、キリシタンに好意的だった石田三成がとりなして、左の耳たぶだけを切ることになりました。

14歳のトマス小崎は「お望みならもっとこの耳を切って、満足のゆくまでキリシタンの血をお流し下さい」と言ったと伝えられています。


一条戻り橋

橋の下を流れる堀川


その後再び荷車に乗せられて、当時の主要な通りを経て牢屋に連れ戻されましたが、道中人々は罵声を浴びせ続けました。

パウロ三木とバプチスタ神父、ゴンザロ修道士は後ろ手に縛られたまま、キリストのために辱められる喜びを人々に伝え、3人の少年は歌いました。

荷車の牛方と番人が「侮辱を喜ぶこの人々は、一体どういう者なのか」と驚嘆したことが記録に残っています。


一条戻り橋
一条戻橋とその周囲
一条戻り橋
一条戻橋とその周囲
一条戻り橋
現在の川
一条戻り橋
現在の橋

++補足++
1619年の京都の大殉教(都の大殉教)の際にも、キリシタン52名は都大路を引き回され、この戻り橋を通ったものと考えられています


 現地への行き方
地下鉄「今出川駅」から徒歩30分。市バスで「一条戻り橋」停留所で下車するのが便利です。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。
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