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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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奥渓家住宅

                              京都府キリシタン関連史跡

キリシタン大名の子孫が住んでいた屋敷


奥渓家(おくたにけ)は、キリシタン大名 大友宗麟の末裔が住んでいたという屋敷で、京都市指定有形文化財の家屋。

大友宗麟の息子 義統の子、奥渓以三中庵は、若くして上京し、キリシタンで医者の曲直瀬道三(まなせどうざん)に師事したと伝えられ、子孫の方は現在も漢方薬店を営んでいます。

奥渓家住宅

奥渓家


奥渓家は、大友宗麟(キリシタン大名)の孫奥渓以三を先祖にもち、後水尾天皇の中宮(東福門院)の御典医を務めた家。

東福門院様崩御の後は家禄を返上して当屋敷(別荘)に移り住み、仁和寺宮門跡の侍医も八代迄務めた医家です。

侍医の時の良薬を製造し、現在は製薬として今日に至っています。入口の長屋門と母屋(木造2階建、瓦ぶき、煙抜き付)はいずれも江戸期の町家様式をそのまま伝える建物で、市指定建造物ですが非公開です。

茅葺屋根の非常に大きな家で、門構えだけでも圧倒されます。この辺りにキリシタンの小さな聖堂があったが、弾圧の折に焼き払われたという言い伝えが残っています。


奥渓家住宅
奥渓家
奥渓家住宅
奥渓家の説明板
奥渓家住宅
奥渓家

 
 現地への行き方
市バス「北野中学校前」より徒歩6分。椿寺(地蔵院)から徒歩15分。JR「円町駅」からも徒歩10分ほど。住所は上京区天神道上ノ下立売上ル北町573です。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。
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