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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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耳塚

                              京都府:キリシタン関連史跡

朝鮮出兵で殺された朝鮮人の耳が埋められている塚


豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で殺された朝鮮人の耳が埋められている塚。

普通戦場では首級を持ち帰ることで手柄を証明しましたが、海を渡ってではそれはできないため、殺害した者の耳や鼻をそいで塩漬けにして持ち帰りました。それを秀吉の命でここに集めて塚とし、供養の儀がもたれたということです。


耳塚

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韓国では一般に「イムジンウェラン(壬辰倭乱)」と呼ばれるこの戦争では、キリシタンも朝鮮に渡って戦いました。

参戦した者の内、小西行長、宗義智、有馬晴信、大村喜前、五島純玄、黒田長政、大友義統、蜂須賀家政、毛利秀包、前野長康はキリシタン大名(後に棄教した者も含む)でした。その配下で戦ったキリシタン武将もいます。

また朝鮮には従軍神父としてセスペデス神父が随行し、小西行長の陣営で信徒の面倒を見、希望者に洗礼を施するなどしました。皮肉にもこれが朝鮮にキリスト教が最初に上陸した事件になります(ただし朝鮮民衆への宣教はありませんでした)。

更に、小西行長が朝鮮で孤児となっていた少女を連れて帰り、行長の妻が養育したのですが、長じて洗礼を受けキリシタンとなりました。「おたあジュリア」と呼ばれるこの女性が、朝鮮人で最初に洗礼を受けてキリスト教徒になった者です。

日本と朝鮮の関係も考えさせられますが、キリスト教との関係も考えさせられるものだと思います。


耳塚
耳塚
耳塚
耳塚解説板



 現地への行き方
京阪「七条駅」から徒歩6分。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。
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