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豊国神社と方広寺

                              京都府:キリシタン関連史跡

豊臣秀吉を祀る神社と豊臣家を滅ぼすきっかけとなった寺


豊国神社は、方広寺の大仏殿があった場所に建てられた豊臣秀吉を祀る神社。

方広寺の大仏は秀吉が建立したものですが、建てられてすぐ大地震が起こって、大仏も倒れたため、秀吉が「役立たず」と言って矢を射ったと伝えられています。


豊国神社と方広寺

豊国神社


豊国神社の前から伸びる道を「正面通り」というのは、ちょうど大仏の正面にあたることからきています。

それでこの道が鴨川に突当る所を「正面河原」と呼んだのです。


豊国神社と方広寺

方広寺の鐘


方広寺の鐘の、白く囲まれた部分には「国家安康」と「君臣豊楽」と書かれており、この言葉に難癖をつける形で大坂の陣は始まりました。

有名なので観光客にわかるよう印をつけたようですが、印をつけなければわからないほど、見つけるのが困難だとも言えます。

秀吉を称える神社の横に、豊臣家滅亡に追い込むきっかけとなった鐘があるというのは、皮肉な取り合わせです。


豊国神社と方広寺

方広寺石垣


方広寺に大仏殿を築くにあたり、秀吉は諸大名に命じて石垣を築造させました。

この時キリシタン大名の蒲生氏郷が一番大きな石を持ってきて据えたので、秀吉は大変喜んだといいます。

それを蒲生石と呼ぶようですが、私にはどれであるかはっきりわかりませんでした。石垣は全長300mにも及んでいます。


豊国神社と方広寺
豊国神社
豊国神社と方広寺
方広寺鐘楼
方広寺
方広寺の鐘
方広寺
方広寺石垣



 現地への行き方
京阪「七条駅」から徒歩8分。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。
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